洗脳からどう逃れたか③

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かなめ
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この時が私の転機になりました

モラハラ妻の性格がおかしいと

感じながらも

モラハラ妻はきっと

時間が経てば色々と私の思い描くような

理想の妻に変わってだろう

という根拠のない

思い込みも私の妻との生活の継続を

後押ししていました。

この時の私の頭の中では

モラハラ妻は思い込みが強い

強い信念がある

という都合の良い脳内変換が起きており、

モラハラ妻が一度改心すれば

思い込みが強いので

きっと今までの行いを悔いて

私の為に色々とやってくれるはずだ。

だから今は耐えよう

というものすごく自分勝手な考えが

支配していました。

今になって冷静に考えると

この考えは大きな間違いで

そもそもモラハラをするような人は

理性的には生きておらず、

短絡的に

その時、その時の気分で生きています。

一見、ロジカルに見える意見でも

それはあくまで自分の欲求を一時的に満たす為の

取り繕いにすぎず、

要は勝手な自分の言い分を通しているだけです。

そのような人格的な人に

過去行ってきたことについて思い出し

悔いて一つ一つ懺悔の気持ちを起こさせるなど

無理なことです。

例え、過去の事を思い出したとしても

それは、今まで奴隷として扱ってきた

モラハラ対象を逃がしてしまったことの反省で

あって、相手の為にどうこうなど露にも

感じないのが 元々の性格 なのです。

自分が得することであれば

平気で嘘もつきますし、

相手が傷つくことになったとしても

自分がどう感じたか

自分の気分を悪くさせた相手が悪い

としか感じません。

確かに人道的な観点からの良い悪いで

言えば、悪いと言い切れる部分なのですが、

悪いと幾らせめても

治らないのがモラハラを行う人の性格なのです。

私はスーツも買えない

自分のものは10円のものすら買えないという

状況の時に

モラハラ妻には

妻が行っていることは常識から考えると

私を人間扱いしていない行為であること

それがとても私を悲しませる行為であること

を何度も何度も伝えてきました。

しかし、その度に

「お前は私の本当の気持ちがわかっていない」

という言葉に負けてしまい、

本当に精神的にも金銭的にも自分が苦しい状況にも

関わらず

何故私は妻の気持ちをわかってあげられないのだろう

と反省を繰り返しました。

しかし、ある日

毎日繰り返されるモラハラ妻との

言い争いの際のふとした瞬間に

モラハラ妻の中には

私という存在がいないのではないか

ということが頭に浮かびました。

この モラハラ妻の中には私という存在がいない

という気づきがその後の私を大きく変えました。

心は洗脳されているので

気持ちとしては

妻の事を理解してあげなくては

という思いはこの気づきの後も

持ち続けていましたが

妻の言葉や行動を

私という存在が妻の中にいない

という前提で見ていると

まさに今まで私が感じてきた疑問の

数々がパズルのピースのように

繋がっていくのを感じました。

この時まで私は

色々とモラハラ妻に言われる

暴言や要望も

私との生活をより良くして

続けていきたいからこそ

モラハラ妻はこんなに必死になって

意見を主張するのだろうと考えていました。

しかし、モラハラ妻の中に私がいないという

目線で日々の妻とのやり取りを見てみると

「あぁ、本当に私という存在がいないのだな」

と納得できることばかりで

自分の中で勝手に思い描いていた

モラハラ妻は私の事を考えればこそ

きつい言葉を浴びせるのだ

という思込みも消えていきました。

冷静に色々と見えてきた分

少しずつですが

このままこのモラハラ妻と一緒にいては

まずいのではないかという考えも

浮かんできました。

私が本当に立ち直れないくらいの病気に

なった時にどうなるのだろう

私だけではなく、私の両親が年老いた時に

私はこのモラハラ妻と両親、両方の面倒を

見ることができるのだろうか

そして子供ができて

家を買った後に

私に待ち受けている未来はどんなものだろう

モラハラ妻との生活で疲れてしまっていて

考えることができなかった

自分の将来について考えるようになり

モラハラ妻と今度ずっと一緒にいることが

正であるという思い込みが少しずつ変化し始めました。

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